今年もまた、「広沢里枝子瞽女唄コンサートinこうのす紫苑VoL.7」が開かれました。
北鴻巣までは、新宿から湘南新宿ラインに乗れば、乗り換えなしでいけますが、我が家からは、遠い。
更に駅から会場の「カフェ・ホール・ギャラリー・紫苑」までは、徒歩だと20分、タクシーがあるわけではなく、アクセスは決していいほうではありません。
荒川土手は、菜の花の黄色で埋め尽くされていました。一年ぶりのこの景色。
開始前、一緒に参加した知人と菜の花の小道を散策しました。
アクセスはよくない会場ですが、いつになく視覚障害の方も多く、土間にまで椅子が並んでいました。
今回で7回目だそうですが、継続は力なり、ですね。
さて今回のお客さまは、新潟県在住の遠藤恵子さん、広沢さんより若い方ですが、姉弟子だそうです。
ともに萱森直子さんの「さずきもん」のメンバーです。
幕開けは、門付け唄「どどいつ」。
楽しみは、段物です。祭文松坂「八百屋お七」。
一の段を遠藤さん。二の段を広沢さん。
一の段は「新津組の節回し」で、ニの段は「長岡瞽女屋の節回し」で唄ってみますと、言われましたが正直、あまり違いがわかりません。
言葉の一つひとつが、ちゃんとわかっているわけでもありません。
でも、目を閉じれば、今は消えてしまった風景の中を旅する瞽女さんたちの姿が、見える気がします。
小林ハルさんは、「演じることはしない。その身になって唄うんだ。お七ならお七の身になって唄え」と言われていたそうです。
何度聞いても、瞽女唄って奥が深いし、同じ唄でも唄い手によって違います。
広沢さんは、ふだんとても優しくお話なさいますが、いざ瞽女唄となると、力強い太い声で、聞く者の心に届けとばかり唄われます。
小林ハルさんが亡くなって、瞽女さんはこの世から消えてしまいましたが、それを受け継ぐ人たちがいるかぎり、瞽女唄はなくなりません。
広沢さんが、歌い継ぐ意味は大きいと、いつも思います。
来年はまた、「八百屋お七」の次の段を聞かせてくださるそうです。楽しみです。