音ボラネット事務局 のすべての投稿

No.237 「嬉しいお知らせ」

当初、私などは、マルチメディアDAISYは、学習障害のある人たち向けのコンテンツだと理解していました。しかし、視覚障害者にとっても、デジタル録音図書として、利用できるわけです。今では、さまざまな障害者に対して有効な学習・読書支援となっています。

このマルチメディアDAISYに関しては、もっと勉強して今後、音訳者として、何かできないかと、ずっと考えています。今さら、新しいことに挑戦するのは、日頃の多忙な活動のなかで、無理という人がほとんどだろうと思います。しかし、一方で頼もしいことに、勉強熱心で、進取の気概に富んでいる人もいて、地方にあっても、今年はマルチメディアDAISYに取り組みたいと言ってくる人もいます。

こういうみなさんと、何かできないかなと、思いを巡らせていた時、嬉しいメールが届きました。昨年の総会の第2分科会にお招きした、学習障害のお子さんを持つお母さんからのメールです。会場での「勉強がしたいのに教科書がない」という、叫びは、参加者全員の心を打ちました。結果、日本点字図書館の数学をはじめとして、みなさんのおかげで教科書が届けられるようになりました。

「分科会がきっかけで、高校の教科書を製作していただき、2年生に進級できそうです。また、2年生の教科書も継続して製作していただけることことになりました。みなさまには、ほんとうに感謝で一杯です。たくさんの方に支えられています。ありがとうございます」と。こちらこそ、ありがとうございますと、言いたい嬉しいメールでした。私たちが一つのきっかけを作れたことを、誇らしく思うと共に、今、ご尽力いただいている関係のみなさまに、心からお礼を申し上げます。

No.236 読み書き(代読・代筆)情報支援の全国普及促進シンポジウム

3月3日(土)、1時から上記の催しが、千代田区立日比谷図書文化館の日比谷コンベンションホールで、開催されます。昨年一年間、大活字文化普及協会の「読み書き支援」に関する一連の活動に、後援団体のひとつとして、協力させていただきました。都内での2回の支援員養成講座、その後のシンポジウムへの参加者は、実に熱心なみなさまでした。ボランティア活動のためや、自らのスキルアップのために、参加した人が、ほとんどでした。

講座終了後、すぐにでも活動を始めたいという、何人もの方々と飯田橋のボラセンで、お目にかかかりました。たった2日間の中の数時間の講習だけでは、音訳ボランティアは、無理と、伝えながらも、文京区内の三療音訳会を紹介。受け入れてもらった人。映画の副音声をつけるシネマガイドの活動を始めた人。図書館司書になった人。何人かの学生さんは、東京都社会福祉協議会主催のボランティアフェスティバルの、当音ボラネットの分科会に参加。視覚障害者への情報支援の現状をより深く理解してくれました。

その中の一人は、生協の商品カタログを例にして、「代読技術の提案」に関する論文をまとめました。嬉しいことに、請われて、評価を書かせてもらいました。また、仲間を募って、読み書き支援の会を立ち上げた那須塩原の松木さんもいます。また、何かの折りには協力したいと言ってくれている何人かの人とは、未だに、連絡をとりあっています。音ボラネットの会員になってくれた柳下さんは、今まさに、音訳の初級講座を受けながら、事務局をしっかりと手伝ってくれています。また、横浜の丸田さんは、一緒に何かをやりたいと言ってくれています。

全体からみれば、ほんの一握りの人たちかもしれませんが、彼ら彼女らが、次への一歩を踏み出す繋ぎのお手伝いは、できたかなと思います。3月3日、懐かしいみなさまとの再会と新たな出会いを楽しみにしております。

No.235 ひなまつりスペシャルライブ

みなさま、楊 雪元(よう せつげん)さんをご存じでしょうか。視覚障害者支援総合センター(高橋実理事長)主催の「競い合い、助け合うコンサート 羽ばたけ視覚障害音楽家たち」というのが、毎年、杉並区内で開かれています。数年前、ここでの楊さんの演奏を聴かれた方は、覚えていらっしゃることと思います。

私は、その時が初めででしたが、あの伸びやかな歌声と、白杖に穴をあけた特注の横笛での「トルコ行進曲」には、びっくりしてしまいました。それ以来のファンの一人です。京都在住の方なので、関西でのコンサートは開かれているようですが、都内では、なかったように、思います。

実は、どうしても、被災地のみなさまにも、楊さんの元気の出る歌声と楽しい笛の音を聴いてほしくて、昨年12月の仙台でのシンポジウムにお呼びできないかと、密かに連絡をとりました。スケジュールの関係で、実現できかったことが、残念でした。

今年の年賀状に、「イタリアの声楽の先生の来日に合わせ、レッスンを受けるために、上京します」と記されていましたが、コンサートが、企画されていたとは、知りませんでした。私としては、嬉しいビックリです。

3月3日(土)18時30分〜20時30分(予定)
*Cafe SEPIA(渋谷宮益坂) 2,500円(ワンドリンク付)
*予約・問合せ
Tel/Fax:0467-85-5717 吉沢さん

みなさま、ひな祭りの宵に、笛と歌曲の楽しいコンサートに、ぜひ参加してみませんか。

No.234 3、11のシンポジウム

夏は、年々暑くなり、冬もまた、寒さが増しているように感じるのは、私だけでしょうか。

さて、都心の朝の気温が、マイナスを記録したある日のこと。我が家の水道が、突然とまりました。家族が出かける時間帯です。慌てました。前日のお風呂のお湯を、溜めおいているので、トイレ等は、ずいぶん助かりました。これは、我が家だけの状況なのか、いつまで続くのか、不安になりました。8時前のことで、お隣のチャイムを鳴らすのも、気がひけました。では、どこに聞いたらいいのか、わかりません。とりあえず、水道局に電話をしましたが、「営業時間は8時30分から」とテープが流れるだけ。命にかかわるような事態ではありませんが、緊急連絡先くらいは、把握しておくべきだと思いました。結果的に、水道管の凍結によるもので、幸いにも、ほんの1〜2時間の断水でした。ひねれば、水のでるありがたさを、しみじみ感じた出来事でした。

そして、自然に3、11の被災地のことが、思われました。まもなく、あの未曾有の大震災から、一年がたとうとしています。今、現地の方々は、どのような思いを抱え、どのような日常を、送られているのか、マスコミの報道も、格段に減っています。

特に、視覚障害者のみなさんのことは、ほとんど伝わってきません。そんな折り、シンポジウム「東日本大震災 視覚障害者支援のまとめと課題」が、開かれるという情報を、仙台市の佐藤さんが、寄せてくれました。
3月11日(日)10時30分〜16時30分
ホテルメトロポリタン
主催は、日本盲人福祉委員会です。岩手、宮城、福島の被災されたみなさんの声も聞けるようです。

「どんなに想像力を働かせ、わかったつもりでも、実際の困難は、直接お聞きしなければ、気付かなかったり、わからないことばかりです」と佐藤さんも、言っています。今も、そしてこれからも復興の最前線は、仙台でしょう。その仙台での意義ある会に、私もぜひ、参加させていただこうと思います。みなさま、また仙台でお目にかかれたら、嬉しいです。

No.233 発表報告会

念願の「録音(DAISY)資料製作に関する全国基準」の発表報告会が、24日、江戸東京博物館で開かれました。東京は、前日の雪の影響や、寒さの中の風邪等で、欠席者が多いと予想していました。しかし、最終的に450を超える参加者があり、会場は満杯。みなさんの関心の高さが、伺えました。

当音ボラネットの参加者枠が、当初150名でしたが、早々と定員に達し、更に50名の追加枠をいただきました。それでも、60名以上の方には、お断りせざるを得ませんでした。北海道や仙台、長野、名古屋等、遠方からの参加もありました。そんななか、特にいわき市の金野さんや駒ヶ根市の下島さんは、交通機関の遅れで、終了間際の到着になり、本当にお気の毒でした。音訳ボランティアのみなさんの熱意には、いつも頭が下がります。

冒頭、全国視覚障害者情報提供施設協会との協力体制の下、一本化に至らなかった経緯についての報告がありました。残念ではありますが、いたしかたのないこともあります。最終目標は、よりよい録音図書を利用者に届ける、そのための基準書作りだったとの話を伺いました。

この基準書に則ったDAISY資料が、増えることを祈ります。そして、「利用者というのは、視覚障害者だけではないということを、図書館職員もボランティアも知ってほしい」といわれたことが、印象的でした。私たちは長いこと、視覚障害者のための音訳ということで、活動してきました。しかし、これからは、長年培ってきた音訳のスキルを、他の障害者のためにも、生かせるようにならなければと、強く感じました。

尚、基準書は、ずいぶん前から、ダウンロードできますし、質問・解答集もネット上で公開され、こちらもダウンロードできるようになります。ご活用ください。

No.232 あるグループの活動

たまに利用者の方から、直接、音訳の依頼がくることがあります。通常、サピエや公共図書館にないか確認し、なければ、どこかで読まれていないかネットで呼びかけます。しかし、早くなければ情報ではないと言われる今、いつまで待てばいいのか、わからない呼びかけには、いつも悩みます。そして、どこにもなければ、音訳者探しをしなければなりません。

昨日、葛飾区内のある利用者さんから、医学書の依頼がありました。「筋膜マニピュレーション 理論編」です。こういう専門書を読んでいるグループが、全国にいくつかあります。まずは、手っ取り早く、葛飾音訳ボランティアの会の鶴岡さんに、連絡しました。いつも、すごいと思うのは、依頼されたものは、まず断らない。「どんなに難しいものでも、誰かが読まなくてはいけないことだから」と。よほどのことが、ないかぎり引き受けてくれます。今回も、その日の内に、直接電話でやり取りし、翌日には、依頼者と面会し、原本を預かったとか。ほんとうに頭が下がります。鶴岡さんは、当音ボラネットの副代表でもあり、あまり、宣伝するようなことは止めてと、釘をさされています。でも、ぜひ多くの皆さんに知っていただきたいと、改めて、ここでご紹介したいと思います。

過去何年間か、地元の消防署からの生活に密着した情報を、利用者さんに届けてきたのですが、それをまとめて、一枚のCDにしました。それが、「本田消防署からのお知らせ」となり、やがて、東京消防庁本部の目にとまることとなります。大変よくできているということで、原稿の見直しを経て「東京消防庁からのお知らせ」という形になりました。これに対して、感謝状もいただいています。以上のことは、昨年12月発行の会報にも、載せました。このことが、利用者のみなさんに、大変好評で、一人でも多くの仲間に知ってもらいたいと、出版UD研究会のMLからも流れました。あわてて当方のHPにもアップしました。鶴岡さんはじめ、会のみなさんのすごいところは、図書館や社会福祉協議会は、言うに及ばず、さまざまなところと、強い信頼関係を結んでいることです。

また、一方では、常に利用者目線にたって、来るものは拒まずと言う姿勢を貫いていることです。前述の消防署は、おろか、警察署にまで出かけて、利用者のための情報はないか、音訳させてほしいと、掛け合っているのです。文芸書の音訳も、もちろんありです。しかし、こうした正に日々の生活に密着した情報、そして、専門分野の情報が求められているということを、改めて、彼女たちの活動から教えられました。

No.231 新春

瞬く間に、松の内も過ぎましたが、全国のみなさま、どのようなお正月を過ごされたことでしょう。今年も、少しばかりでも、誰かのお役にたてるよう、頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、昨年暮れに、石巻市の鈴木さんから、クリスマスカードが、届きました。震災前年の2010年12月の駅前の写真が、印刷された一枚のハガキが、同封されていました。ツリーやイルミネーションが明るく輝いていました。今年の12月は、暗い木々が寒々としてたっているだけだそうです。「来年は、またこの明るい灯りが、ともせるようになっていきたいです」と決意が、したためられていました。被災地の多くのみなさまの思いだと受けとめました。2012年が、大いなる復興の年となることを祈ります。

ところで、昨年12月、被災現場を回らせていただいた折りに、大変お世話になった「コ〜プのお家 いしのまき」へは、参加者の有志が、物資等を、お送りしているようです。これも一つのご縁です。これからも決して3、11を忘れることなく、何かお手伝いできればと思います。寒さ厳しい毎日です。みなさま、風邪などにお気をつけください。

No.230 ボラフェス その後

新潟県胎内市の社会福祉協議会を訪ねました。11月の全国ボランティアフェスティバルに参加してくださったみなさんと再会の約束をしていました。私の帰省の日程と広報の収録日が、重なっていたので、楽しみにしてました。

ボラフェス担当者から事前に、参加者の名簿を見せていただいた時は、びっくりしました。私の出身地の新潟県の旧黒川村をはじめとした近隣の町村が合併して、胎内市となりましたが、そこからの参加者名があるではありませんか。旧黒川村という所は、最後の「高田ごぜ」と言われた小林ハルさんが晩年をおくられた盲老人ホームが、ありました。(現在もあります)

でも、村内には、音訳ボランティアはいないと聞いていましたので、どういう人たちが、サポートしているのかと、気になってはいました。隣の旧中条町に「ひわの会」があることを知ったのは、この音ボラネットを立ち上げようと、準備していた頃でした。しかし、連絡先もわからず、そのままになっていました。

ご縁というのは、不思議です。この度のボラフェスがきっかけで、交流ができることになったのです。活動歴は30年、立派な記録集も作られています。ちっともしりませんでした。主に市報を、音訳しています。委託料は、もらっていないということでした。ボラフェス参加者のお一人、忠さんは、お金をもらうなどということを考えたことが、なかったと。本来なら、行政がすべきことを、音訳者が肩代わりしているわけで、委託料は、いただきましょう。全国の状況を踏まえながら、市と話し合いをと、お伝えしました。少しでも、進展があるといいです。

その他には、会員の高齢化に伴う、若手の育成が難しいと悩んでいます。どこも同じような悩みを抱えています。ですから、なおのこと、全国で情報を共有し、共に進んで行くことが、大切だと思います。一つのグループの力は弱くても、大きなネットワークになったとき、利用者のみなさんの生活や読書等の環境を大きく変えていくことができると信じています。車がなければ、どこにも行けないような交通事情の中で頑張っているみなさんから元気をいただきました。

No.229 ボラフェス その後

11月の全国ボランティアフェスティバルで、私たちの分科会に、いち早く足を運んでくださったのが、倉敷市の宮原光夫さんでした。お話をして、大変熱心な方という印象を受けました。嬉しいことに、早速に会員申込みをしてくれました。手話・点字・音訳・ガイド・地域等を含む連合体としての「倉敷ボランティア協会」の代表です。そしてまた、「倉敷アイテイサポートボランティア(視覚障害者のパソコン教室)」の設立者であり、代表もなさっています。これだけではなくさまざまな活動を精力的にこなしていらっしゃるようです。今年は、地元の音訳ボランティアのみなさんから、全国の情報が欲しいとの希望で、私たちのところを選んだとか。

さて、ご本人は、音訳者ではありませんが、地元のグループから、DAISY化への相談を受けました。そしてテープ図書300タイトルをDAISY変換しました。その時、「テープ録音しかできない人は、そのままで、DAISY編集できる人との分業でもいいのか」と質問されたそうです。宮原さんは、「年齢のこともあり、得手不得手もあるので、分業でかまわない」と答えたとか。私も同感です。

更に、倉敷社会福祉協議会に働きかけ、宮原さん自ら講師となり、DAISY図書作成ボランティア養成講習会10回シリーズを3回開催。そして「県内でも、テープからDAISYへの変換ができないサークルがたくさんあるのに、横の繋がりがないので、手がだせません」と。近県のグループでも、お困りのところがあれば、力になりたいと、おっしゃっています。

全国的にみると、音訳技術も録音技術も一律では、ありません。お互いに助け合って、レベルアップしていくことが、大切なことです。音訳はできなくても、宮原さんのようなIT分野に強い男性が、この世界に増えるといいですね。お問い合わせは、当HPへ。

No.228 仙台でのシンポジウム

氷雨降る仙台で、3日「読み書き支援のためのシンポジウム」〜これからの高齢者・障害者への情報支援を考える〜が開かれました。

仙台と東京での協働作業で、スムーズにいかないこともありました。何より、案内チラシが、地元仙台はじめ、配布に協力してくださった各地のみなさんのお手元に、お届けできたのは、わずか3週間前でした。それでも、みなさんのおかげで、無事、開催にこぎつけることができました。「参加人数が、少なく残念!」「もっと多くの人を集める工夫をしてほしい」という声もありました。しかし、ほぼ全員が、「参加してよかった」と、アンケートに応えてくれました。すべての指揮をとってくださった、加藤さんが、「今回の仙台の地での開催が、読み書きの拡がりのための貴重なきっかけと、なることと思います」とおっしゃっていました。次につながる一歩になったと、思います。参加してくださった、仙台市視覚障害者福祉協会の高橋会長も、「私たちからも、発信していかなければ」とおっしゃったそうです。

さて、4日は、「被災の現場に学ぶ」ということで、現地を訪れて、被災の爪痕と変化していく状況を確認し、今後の支援について、学ばせていただきました。石巻では、日和山の一角にある、鹿島御児神社の方や休憩場所を提供してくださった「こーぷのお家 いしのまき」の丹野さんや千葉さんから、被災の様子を直接伺えたことは、大変貴重でした。みなさん前向きに頑張っている姿に感動しました。しかし、ご自身も被災者でありながら、「私はまだ、ましな方」と、都内での、読み書き支援員の講習会やシンポジウムに通ってこられた、鈴木さんは、今、フラッシュバックに苦しんでいます。夜もうなされるそうです。こういう方もいらっしゃいます。

ところで、私はこの度、女川を初めて訪れました。見慣れた石巻市は、一見ずいぶん、きれいに片付いているという印象を受けていました。新しい信号もつきました。しかし、女川は違いました。5階建ての建物の高さまで、津波が襲ってきた所です。復興などとは、無縁の置き去りにされたままの町です。根こそぎ津波に持っていかれてしまった所です。家の土台しかありません。高台に3階建ての仮設住宅がありました。車が、異常に多いことに、気づかされました。車がなければ、生活ができないのです。近くにお店も病院もありません。逆にいうと、車のない人、高齢者、障害者は生活ができないことになります。何よりこの3階建てでは、高齢者は辛いと伺いました。こういうところにも、読み書きの支援を必要としている方がいるかもしれないと思いました。

また、広い仙台平野では、あちこちに水たまりができています。水が、はけないのだとか。米や作物を作るためには、塩水をかぶった土を何回にも分けて、入れ替えないといけない、気の遠くなる話しです。いつの日か、この広い広い大地が、水田や畑地として復活する日はあるのでしょうか。

この日も、全員、参加してよかった。「自分の目と肌で、被災地を感じたことは、とても有意義だった」「報道では見ていても、実際に自分の目で見ることによって、何倍も考えさせられることがあった」等々の声が寄せられました。また、仙台の方からは、「地元でありながら、というより地元であるからこそ、戸惑いがあり、行くことができずにいたが、今回の機会に恵まれ感謝している」と。企画してよかったと思いました。

今回もまた、心を動かし足を運ばなければ、出会えない人、出会えない風景がありました。この度のことに、関わってくださった全てのみなさまに、心からお礼を申し上げます。