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No.250 ロバさん訪問記

NPO法人ロバの会(代表山田新作さん)を、初訪問しました。
四条大宮からほど近く、回りには新撰組隊士が眠る壬生塚が必見の壬生寺(壬生狂言でも有名)や、新撰組が3年間過ごした屯所(宿舎?)、八木邸があります。古い木造の町屋(三軒長屋と呼ばれるような建物)が、今でも、しっかり住まいとして使われています。
こういう中のマンションの一室に、ロバの会の事務所は、あります。
1日の「学習を支える音訳」研修会から戻ったばかりの山田さんはじめ、会の代表のみなさんが、出迎えてくれました。会員は50人実働が30人、利用者は全国に3000世帯という規模です。
この会では、もっとも早い時期にカセットテープを廃止して、DAISYへの移行に取り組みました。
すごいのは、利便性ということを理解してもらうために、時間をかけ丁寧に、利用者を説得することから、始めたというところです。
当初から、理療系の音訳やタカシマヤ通販のカタログの音訳を、行ってきました。
このカタログは、タカシマヤから依頼があったわけではなく、あったらいいねという利用者目線に立ってのことです。京都市内はもちろんのこと、東京のタカシマヤまで出向き、何度も説明、打合せを行い、大変苦労したようです。
全国でも初の取り組みで、マスコミにも取り上げられ、通販部門の売り上げが、伸びました。
このタカシマヤは、高級イメージなのでしょう。価格設定は、決して低くくはありません。
ほかにも、通販カタログは出ているので、バランスよく、もう少し安い商品を扱っている所のものもと、考えたこともあったそうですが、現実は、厳しいようです。
ロバの会に続く音訳グループも現れず、残念なことです。
あちこちで、「重宝して買い物をしています」という利用者さんの声を聞きます。
またある時、山田さんと盲学校の全国大会に参加したことがあります。全盲の先生が、「山田さん来てるのか、山田さんたちのおかげで、みんな、国家試験に合格したでぇ。今日は山田さんに会えて、嬉しいなあ」と寄ってきて、手を握って離さないのです。
音訳者冥利に尽きるだろうと、羨ましくなりました。こんな具合ですから、利用者の中で、ロバの会を知らない人は、潜りかもと思うほどの存在になっています。
そして、山田さんたちが、特に働きかけてきたわけではないのに、その活動に賛同した錚錚たるメンバーからなる後援会ができたり、やなせたかしさんが、会のシンボル、ロバをデザイン化してくれて、会の歌までできたり、利用者さんからの寄付があったりとか。
本当に人に恵まれてきたと、山田さんが言っていました。利用者さんからはもちろんのこと、一般の人たちからも信頼を勝ち取るとは、こういうことをいうのでしょう。
山田さんが、よく言います。ロバの会は、今やローバ(老婆)の会だと。文芸書を読みたい人は、たくさんいますが、真に必要とされている、生活や専門情報を必死になって音訳しているロバの会を、応援してくれる人はいないでしょうか。
そういえば事務所のテーブルの上に、色とりどりの封筒が並んでいました。今や、利用者向けのCDは行きっぱなし(返却不要のため)なので、布やビニールの郵袋ではなく、紙封筒が大量に必要なのです。
音訳はしなくても、山田さんの奥さんのように、内職よろしく、切り貼りして封筒作りをする人も、大切なメンバーです。
念願のロバの会を訪問して、じっくり話ができました。
山田さんはじめみなさん、いつまでもお元気で、心待ちにしている全国の利用者さんに応えてあげてください。
私も何かお手伝いしなければ、という思いで帰ってきました。

No.249 京都行き

京都に行ってきました。
「4しょく会」春のイベント ボランティアは<目が見える視覚障害者>になれるのか?というテーマのイベントが、長岡京市で開かれました。
この「4しょく会」が、よんしょくかい、なのか、ししょくかい、なのかもわからず、参加しました。(正しくは、ししょくかいです)
「視覚障害者文化を育てる会」(4しょく会)は、2001年に関西在住の視覚障害当事者を中心に、結成された団体です。
活動方針は4つの「しょく」(食・色・触・職)の探求と発信です。
以上のようなことは、帰京後、広瀬浩二郎さんの著作から、知りました。お粗末です。
さて、今までボランティアの姿勢は「for」(一方向)から、「with」(双方向)へと移行してきましたが、この「4しょく会」では、視覚障害者からの発信(from
the blind)を重視するイベントを企画してきました。
というわけで、当日は5人の見常者から、それぞれのボランティア体験の発表がありました。
とくに興味をひかれたのは、音訳・点訳・ガイドボランティアの方々のお話でした。
音訳ボランティアの代表は、奈良の渡辺典子さんでした。
この方の名前を、プログラムで見つけ、参加してみようという思いに、弾みがつきました。
音訳の大ベテランであり、万葉集を大変な思いで、読まれた方です。
「あなたは、全国をつないでいる、私は、地域を結びつけたいと思っている」という言葉に、励まされ嬉しくなりました。
100人ほどの参加者のなかの、私の呼掛けに応えてくださった、宇治市の服部さん、高槻市の戸田さん、生駒市の成瀬さん、三木市の澤井さん等、音ボラネットの会員のみなさんと交流ができたことは、何よりでした。
また、名古屋の近藤さん、静岡の立花先生ご夫妻、東京の韓さん、千葉の藤井さん等々、懐かしい方々にも、お会いできました。
また、新たな出会いもありました。この度の再会、そして新たな出会いから、何かが生まれることを期待します。
お目にかかれたみなさま、ありがとうございました。

No.248 ロービジョンと読書環境について

今回で37回目となる、出版UD研究会に参加しました。
広島大学の氏間和仁先生が、ゲストスピーカーです。「ロービジョンと読書環境について」というテーマのもと、参加者のiPad体験も含め、お話を伺いました。
まず、「ロービジョンとは、治療や屈折矯正等を施してもなお、何らかの原因によって視機能が十分に発揮できず、読書や書字、歩行等の生活上のさまざまな活動に、永続的な困難を生じる状態」という定義づけがありました。
一言で、視覚障害と言っても、全盲でも先天盲もあれば、中途失明もあります。
ましてや、ロービジョン(弱視)にいたっては、多様な見えにくさがあるということを、改めて実感しました。
特に私は、iPadを使って画面上で白黒反転や文字等の拡大、特殊メガネでの見えにくさの体験をしたことが、一番印象に残りました。
今の視力を最大限に利用し、学習や読書等ができるツールとして、iPadに対する期待は大きいと感じました。
今回は、テーマがテーマなだけに、多くのロービジョンの方が、参加していました。
みなさんの感想として、「すでに購入済みだが、使い方がわからなかったのが、よくわかった」 「生活が楽しくなった」等、好評でした。
しかし、「文字が大きくなって、見やすくなったのはいいが、操作するのに視力が必要」という声には、複雑な思いを抱きました。
少数のユーザーのニーズに対応したモノ作りは、メーカーにとっては、大変でしょうが、大切なことです。ぜひともさまざまな声に、耳を傾けてほしいと思います。
そして、氏間先生たちが、やっていらっしゃるようなiPad体験会が、各地で開かれるようになるといいです。
パソコンボランティアのように、iPadボランティアがあったらいいですね。
今回も、仙台、静岡はじめ、韓国からの留学生等々、熱心なみなさんで会場は一杯でした。
いつも感じることですが、ここに集まってくるのは、私のような音訳ボランティアおばさんも含め、実にさまざまな立場のみなさんですが、同じ志向性を持った人たちだと思います。
つまり、学び情報交換しながら、何かできないか、何かをやりたいと思っている人たちです。
何かの時には、協力・応援をお願いしたいですし、私たちが、できることがあれば、ぜひやりたいと思います。
一回より二回、二回より三回、直接顔と顔を合わせることで、お互いへの理解が深まります。
結果、的確なアドバイスもいただけます。
ここでの出会いから始まり、今につながっている方たちが何人もいらっしゃいます。
こういう場を提供くださっている座長の成松さん、関係のみなさま、そして、参加のみなさまに、心からの感謝を申し上げます。

No.247 音訳ボランティア体験学習会

私たちが、日頃お世話になっている、東京ボランティア・市民活動センターの担当の方から、連絡をいただきました。
日立製作所のCSR部の企画で、音訳について、体験を交えた学習会を開いてほしいという依頼です。「ボランティア体験学習会」というところでしょうか。
昨年秋、東京都のボランティアフェスティバルを、経験しています。その時のノウハウで何とかなるだろうという思いと、企業の皆さんに、音訳について、ひいては、利用者の生活・学習・読書等の環境を、知っていただく願ってもない機会だと思い、二つ返事で、お引き受けすることにしました。
ボラセンの担当の方と日立の担当の方と、打合せをさせていただきました。
さすが大企業さんともなると、CSR本部、国内外の社会貢献部というのが、あるのですね。
年に2~3回のペースで、過去10年間の活動歴があるようです。
原則毎回、国内すべてのメンバーに呼び掛けるとのこと。
ただ、勤務の終わった平日の夜の開催ともなると、都内中心ということになるのでしょうか。毎回、熱心な方々が、集まってこられるそうです。
期日は7月4日の18時30分から、会場は、ボラセンの上の階のスペースをお借りできることになりました。
まずは、簡単に「音訳とは」ということをお話しさせていただきます。あとは、体験に時間をさきたいと思います。
5~6人のグループに分かれて、広報の一部分を教材に、音訳原稿を作り、代表が、実際に録音します。
続いて各グループのものも、聴いてみましょう。
そして、最後には、音訳ボランティアが読んだものを聴いてもらいます。
その他にも、小説はもちろん、マンガや雑誌等も試聴しましょう。
興味を持っていただける体験コーナーにしたいものです。
最後に、ぜひとも訴えたいことは、各種製品の取り扱い説明書は、企業の責任として、紙ベースのものはもちろん、CDをつけるべきではないかということです。
奥が深く大変な中にも、喜びも大きい音訳ボランティアを、みなさんは、どんなふうに感じてくださるでしょうか。楽しみでもあります。

No.246 京都からのお誘い

出版UD研究会のメーリングリストで、とても興味をそそられる案内が届きました。国立民族学博物館の広瀬さんからの「視覚障害者文化を育てる会」(4しょく会)の春のイベントについてでした。
この広瀬さんは、近著「さわる文化への招待 ― 触覚でみる手学問のすすめ」(世界思想社)のなかで、「視覚障害者は、目が見えないかわいそうな人、ではなく、視覚を使わずに別の五感を働かせて豊かに生きている存在 」と言われています。独自の視点で、さまざまな活動に取り組まれている方です。
「ボランティアはになれるか」~「for」でも「with」でもない「from the blind」の立ち位置~というテーマです。
日時:6月3日(日)13時~17時(17時~懇親会)
会場:長岡京市中央生涯学習センター「市民ギャラリー」JR長岡京駅前
申込み: 080ー2527-9383(兵庫県点字図書館 萩原さん 平日9時~17時受付)
メール jasmine@hcc5.bai.ne.jp
氏名、TELもしくはメールアドレス 懇親会の出欠を明記の上、申込む。
少し遠いのですが、私もテーマにひかれて、参加したいと思います。
登壇者のなかには、音ボラネットの会員の方もおられるようです。
これをご覧くださった関西方面の方々も、参加しませんか。少しでもみなさんと交流できたら、嬉しいです。ぜひよろしくお願いいたします。
ところで、国立民族学博物館(みんぱく)は、ご存知のことと思いますが、大阪府吹田市の万博記念公園内にあります。
1974年の開館です。
民族学・文化人類学を中心とした研究・展示を行っている博物館を持った研究所です。
広瀬さんは、この「みんぱく」の准教授です。初代館長は、民族学者の梅棹忠夫さんでした。
この梅棹さんのお弟子さんともいうべき、民族学者で国文学者だった、野村純一先生のことが、鮮やかに浮かんできました。
私たちが、2006年の「音訳ボランティア全国大会」の開催に向け必死になっていた頃、この活動が新聞各社に取り上げられたことがあります。
それをご覧になった野村先生からお手紙をいただきました。
その後、何度かお目にかかり、全国大会にも、お招きしました。
その時、「梅棹先生がね、目が悪くなって僕は、ずいぶんと先生の為に参考文献なんか読んだんだよ。難しいよ」、「これからは、こういう専門書を読める人を育てないとね」とおっしゃっていました。
余談かもしれませんが、「みんぱく」繋がりで、今は亡き方のことを、ありがたくも懐かしく思いだされたことでした。
この音ボラネットは、こういう方々に支えられて、今日にいたっています。
本当に出会いというものを大切にしたいとしみじみ思います。

No.245 「DX型 ディスレクシアな僕の人生」

私が月一、参加している、出版UD研究会でお会いした、NPO法人EDGEの藤堂さんから、ご案内をいただきました。
エッジとは、ディスレクシアを持つ人の啓発、サポートとネットワークを目的として2001年に設立されたものです。
ご子息の高直さんが、書かれた「DX型 ディスレクシアな僕の人生」(主婦の友社 本体価格1400円)の出版記念講演会の案内でした。高直さんは、日本で義務教育終了後、英国に留学。大学、大学院を終了して現在、シンガポールで、建築家として働いています。
ディスレクシアとは、知能や視力、聴力に問題があるわけではないのに、文字の「読み書き」に困難がある、学習機能障害です。英語圏では10人に1人、日本でも12人に1人は、いると言われています。彼自身、小学校3年生並みの「読み書き」の能力だそうです。しかし、編集のみなさんのサポートはあったにしろ彼が書いた文章です。まず、彼の感性と豊かな才能に驚きました。
ディスレクシアのことは、多少なりとも知っているつもりでしたが、目からウロコの部分がたくさんありました。
「読み書き」が苦手なことから始まって、授業についていけない、先生から注意を受ける、友だちからは、からかわれる。そんななかで、普通ってなんだろうと考え続けたそうです。そして、このままではダメになると確信にも似た思い、先が見えない日本にいるよりはと、海外(英国)に留学した高直さんでした。
彼自身も話していましたが、日本に居場所がないからと、誰でもが、海外に出られるわけではありません。彼ら彼女らが、自信を持って、希望を持って住み続けられる日本を!と思います。
一人でも多くの人が、この本を手にすることで、ディスレクシアに対する正しい理解が広がることを祈ります。
そして、私自身何か、お手伝いできることが、あればと思います。

No.244 銀の鈴社

鎌倉にある出版社、銀の鈴社に、伊藤忠記念財団の矢部さんを、ご案内しました。この銀の鈴社は、長野の丸田さんが「はこちゃんのおひなさま」という絵本を出しているところです。そのご縁で、以前に伺ったことがありました。
古民家の入り口を入ると、ギャラリーになっています。
更に奥の方に、事務所とサロンがあります。サロンの壁ぎわには、背の高い本棚があって、素敵な絵本や詩集、野の花の絵はがきなどが並んでいます。一冊一冊、手にとって眺めていると、時のたつのも忘れそうです。
さて矢部さんたちは、私たちが提供した音源をもとに、マルチメディアDAISY図書を製作しています。そして、視覚障害にかぎらず、さまざまな障害のある子どもたちに、喜んでもらえる絵本や物語を届けたいと、特別支援学校や図書館に寄贈しています。財団自体が、文化庁指定の団体として認可されているので、著作権フリーなわけですが、丁寧に、各出版社を回って、理解の輪を広げようとしています。このことについて私は、色んな考えのあることも承知していますが、さまざまなな立場、やり方があるというふうに、理解しています。
すでに、階成社、角川学芸出版、福音館、小峰書店、東京子ども図書館等の作品を製作していますが、もっと広くたくさんの出版社のものを集めたいという希望です。大手になると、いつ行っても、担当者に会えないこともあるそうです。30分も話を聞いてもらえれば、いいほうだとも。
そんななか、「はこちゃんのおひなさま」つながりで、西野社長に、矢部さんをご紹介したというしだいです。作者も、読み手も共に大切にしているという姿勢に共感しました。気付くと2時間もたっていました。ぜひ、協力したいと言っていただき、私もほっとしました。矢部さんの「出版業というよりも、本屋さんという、地に足が着いた気高い魂を感じ、勇気づけられました」という言葉、言い得て妙、だと思いました。
ところで、紹介していただいた本の中で、視覚障害の元国語教師、小泉周二さんの詩集「太陽へ」そして、宮城県名取市の「方言を語り残そう会」の「大震災五七五の句集負げねっちゃ」が、心に残りました。一人でも多くの人に読んでほしい二冊です。
特にこの「負げねっちゃ」は、ポケットサイズの「手のひらBooks」です。銀の鈴社の2012年からの取り組みとしてスタートしたものです。大震災でのありのままの気持ちと心の叫びを、形に残したいと、名取市のみなさんが、方言をそのままに心情を表現した句集です。この句集については、東京の私たちではなく、地元のできれば名取市の人に、ぜひ音訳してもらいたいと、準備を進めています。
新しい出会いから、また何かが生まれたら、本当に幸いです。

No.243 打ち合せ

つくばエクスプレスで、筑波技術大学の長岡先生を訪ねました。つくば市は、学園都市と言われるだけあって、複数の大学があって、正に学生の町です。都心をうろうろしている私としては、広々としていて気持ちがいいなあと思いました。
さて、6月1日、飯田橋のボランティアセンターで、長岡先生をお迎えして、シンポジウムを予定しています。その打合せで伺ったものです。視覚障害系支援課の小野瀬さん、田中さん、納田さんも同席してくださいました。
長岡先生ご自身は利用者でもあり、視覚障害学生を支援するお立場でもあります。以前、先生から好きな作家は、梨木香歩さんと、伺ったことがあります。映画にもなった「西の魔女が死んだ」の作者といえば、おわかりでしょうか。数ある作品の中で、先生は「家守綺譚」が、一番いいですね、とおっしゃったのには、びっくり。私も、そう思っていましたので。
話が少しそれましたが、先生はとても感性の豊かな方だと思います。日本の四季の美しさ、風のにおい、日の光を感じていらっしゃいます。「耳で読む読書」量は、半端ではないようです。
それらの多くの録音図書の中で、「えーっ!?」と思うものも、あるようです。先生は、躊躇していらっしゃいましたが、「こういう読みは、どう思う」というサンプルをいくつか聴かせていただきたいとお願いしました。音訳者として、他の人はどんな読みをしているのか、関心があります。勉強のために、ぜひとお願いしました。
そしてまた、一方的な先生のお話だけではなく、例えば、数式、写真や表、三療の読み等、事前の宿題にしておいて、当日、参加者に発表してもらうことも検討しています。前述の小野瀬さんたちに協力をお願いし、例題を集めていただくことにしました。より有意義なものになるよう、心して準備を進めています。ふるってご参加ください。

No.242 物事は単純ではない?

「いつもよくそんなに、あちこち出かけて、いろんな人と会うことが、苦になりませんね」とは、よく言われることです。
決してそんなことはありません。「よいこらしょ!」という時もあります。
実は、大きな組織のリーダーのみなさんを、お訪ねする時、何となく敷居が高く感じられることがあります。当ネットワークの歴史の浅さ、私自身の勉強不足が、気後れする理由かもしれません。
でも、全国と名前を冠した団体です。少しずつですが、認知度が上がってきています。私たちの進むべき道を、注目してくださっている方もいます。その道を誤らないためにも、いろんな所に出向き、いろんな立場のみなさんにお目にかかることは、とても重要だと考えています。ですので、図々しくも明るく「藤田が行く」を実践しているわけです。
先日は、日本障害者リハビリテーション協会の野村情報センター長を、お訪ねしました。じっくりお話を伺うのは、初めてです。マルチメディアDAISYのこと等、いろいろ教えていただきました。今は、マンパワーが、教科書作りに特化されています。
現状、勉強がしたいのに教科書がないという子どもたちに、一冊でも多くの教科書を届けなければならない。しかし、教科書製作にかかりっきりになっていれば、いいというわけではありません。本来なら、文科省のやるべきこと。行政への働きかけも、重要です。何事も、一筋縄ではいきません。
あちらでもこちらでも、小さな催し(勉強会であったり、シンポジウムであったりします)が開かれています。もちろん、それも大切です。
しかし、もっと大きな輪になって、行動を起こすことも大切ではないでしょうか。何かの折りには、多少の立場の違いはあっても、みんなで協力しあえるようになるといいです。常に誰のための、何のための活動なのかということを、忘れないようにしたいと思います。
野村さんにお目にかかって、いろんなことを考えました。
ありがとうございました。

No.241 読み書き支援

ここで何度か、書いてきましたが、読み書き(代読代筆)支援の話題です。
まずは、そこに行けばサービスが受けられるという場所の確保が、必要です。しかし、その場所まで、出てこられない人のためには、訪問サービスも考えなくてはいけませんが。
さて、場所ですが、どこでもいいというわけではなく、わかりやすく、安心感のある所が、ベターでしょう。
だれでも、すぐ思い浮かぶのは、公共図書館の対面朗読室の活用ではないでしょうか。
近年、対面朗読サービスを希望する人の減少によって、場所(部屋)は、あっても使われていない現状があります。
ある図書館では、対面朗読室は作りました。しかし、使うつもりは、ありませんと。空いている部屋の有効利用は、考えないのでしょうか?
図書館に尋ねると、「これ以上、仕事を増やせない」といいます。場所さえあれば、私たちのマンパワーを利用して、何とかしますと、提案しても難しい。なるべく現場の負担を減らすには、とりあえずの案として、毎週一回、曜日を決め、時間も半日とし、予約制にはせず、支援員(サービス提供者)は、利用者が、来ようが来まいが、待機しているというような形は、どんなものでしょうか。
読み書き(代読代筆)支援を必要としている人がいるのに、その現状は、お粗末としかいいようが、ありません。何とかみんなで、道を開いていきたいものです。
つい数日前、那須塩原市の松木さんから、こんなメールが届きました。
読み書き支援グループ「アイ・サポート那須」を立ち上げました。3月21日に、発足総会を開催。会員募集から半年間、ボランティアセンターを中心に打合せや、学習を重ね、読み書きだけではなく、ガイドヘルプやパソコンサポートなど、広くニーズに応えていこうと12名でのスタートとなりました。
まだまだ学ぶこともたくさんあり、会員拡大も図っていかなければなりません。しかし、まずはスタートさせて、活動しながら、充実させていこうと、みんなで確認しあいました。
東北大震災後の音ボラのHPの読み書き支援記事から始まった小さな波紋が、少し大きくなりました。より大きな波になるように、みんなで頑張ります。と。
松木さんたちには、心からのエールを送ります。
読み書き支援の活動に賛同しつつ、明確な受け皿がないまま、迷い悩んでいる多くの人たちへの、一つの指標となることと思います。身近な実践例が、増えることを祈ります。